WANDER SHANGHAI

泰安路120弄

衛楽園

Weileyuan Garden Lanes

アーチの奥に広がる住宅群

大陸銀行の出資で1924年に旧李家宅地区に建てられました。金融関係者などへの賃貸庭付き住宅が路地を形成し、一人の大邸宅ではありません。

歴史の年表を見る
泰安路120弄の衛楽園入口。アーチの奥に住宅群が続きます。

出典に撮影日の記載なし

泰安路120弄の衛楽園入口。アーチの奥に住宅群が続きます。

記載の記事・機関資料による画像 · 画像出典 · 原著作者が権利を保持

建物の概要

建築・使用年代
1924年
建築家
確認した資料では不明
建築の特徴
多様な西洋様式の庭付き里弄
当初の用途
銀行出資の賃貸住宅群
用途と見学
住宅群。一部に商業利用歴
住所
泰安路120弄

建築と用途の資料[1] [2] [3]

この家に暮らした人物

生涯のあらまし

黄佐臨(1906〜1994)は演劇・映画の演出家で、1号に住みました。[1] [2] [3]

主な功績と影響

近代話劇と映画をつなぐ仕事をしました。ここは生活した一住所であり、住宅群全体や経歴のすべてを一棟に帰属させるものではありません。[1] [2] [3]

建物のはじまり

なぜここに建てられたのか

大陸銀行の出資で1924年に旧李家宅地区に建てられました。金融関係者などへの賃貸庭付き住宅が路地を形成し、一人の大邸宅ではありません。[1] [2] [3]

1999年に歴史建築に指定されました。演出家・黄佐臨は1号に居住し、ほかの住宅には別々の歴史があります。通りの入口は住宅群の外縁です。[1] [2] [3]

見上げて、近づいてみる

足を止めて見たい細部

空間と外壁

半円アーチと赤い丸瓦の門が路地を示します。内部は主に二階または屋根裏付きの低層住宅で、個別の庭を持ち、屋根や壁も異なります。[1] [2] [3]

入口と細部

英国田園風やスペイン風の要素、赤レンガの細部、粗塗り壁が共存します。一棟の代表例で路地全体の配置を置き換えられません。[1] [2] [3]

一棟の建物、さまざまな役割

時間をたどって建物を読む

写真には撮影年代または出版年代を明記し、確かな画像がない時期は文章で歴史を伝えます。

  1. 1924

    銀行出資の住宅群が完成

    銀行の出資で庭付き住宅を賃貸里弄にまとめ、本通りからの通路を共有しました。[1] [2] [3]

  2. 1999

    歴史建築に指定

    指定により住宅群全体の価値が認められ、多様な様式と路地構成を一体として読めます。[1] [2] [3]

  3. 2021

    都市空間芸術季の案内に黄の住所を記録

    案内は120弄1号を演劇人の黄佐臨と結び付けますが、路地の全住宅を旧居とはしません。[1] [2] [3]

現在と見学

街路から建物を読み解く

住宅群。一部に商業利用歴[1] [2] [3]

住所
泰安路120弄
見学方法
公共道路と立ち入り可能な場所からご覧ください。歴史的価値があっても住宅の庭、階段、施設敷地が自由公開されるわけではありません。現地の表示に従ってください。
地図で所在地を見る ↗

資料確認:2026-10-26 · 公共道路と立ち入り可能な場所からご覧ください。歴史的価値があっても住宅の庭、階段、施設敷地が自由公開されるわけではありません。現地の表示に従ってください。

上海と世界

建物と街区

76弄の亦村と比べると、路地と庭による近隣生活の構成の違いが分かります。[1] [2] [3]

資料と画像の出典

本文は以下の資料に基づいて整理しています。未確認の情報はその旨を明記し、写真を掲載する場合は各画像の下に出典と利用条件を示しています。

  1. 上海都市空間芸術季2021ガイド ↗

    年代、人物、用途、建築の記述を照合。用途は資料の時点での記録です。

  2. 上海徐匯:泰安路と旧居(2018) ↗

    年代、人物、用途、建築の記述を照合。用途は資料の時点での記録です。

  3. ウィキペディア:衛楽園(照合) ↗

    年代、人物、用途、建築の記述を照合。用途は資料の時点での記録です。

画像処理と年代について

画像は各写真の下に記載したアーカイブまたは画像出典ページによります。サイズ調整とWebP圧縮のみを行い、元の縦横比を保っています。着色や描き足しはせず、古写真の粒子、ぼけ、スキャン跡も残しています。

掲載日と撮影日を区別します。白黒画像や資料写真が必ず過去の時代の写真とは限りません。確認できる内容に沿って説明します。