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亜細亜ビル
かつて亜細亜石油の事務所があり、外灘と国際的な石油取引のつながりを伝えます。
アーチ窓と延安東路へ折れる側面に注目してください。
資料・参考文献 ↗SHANGHAI / 外灘
中山東一路に並ぶ歴史的な建物を、外灘の南端から外灘源まで眺め、その背景にある物語をたどります。
上海 · 中山東一路 · 黄浦江沿い
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かつて亜細亜石油の事務所があり、外灘と国際的な石油取引のつながりを伝えます。
アーチ窓と延安東路へ折れる側面に注目してください。
資料・参考文献 ↗2
英国商人の社交場だった上海クラブは、外灘の貿易とともに育った植民地時代の社交生活を伝えます。
明るい外壁、連続するアーチ、両端の小塔が特徴です。
資料・参考文献 ↗3
有利銀行に由来する外灘3号は、角の塔と川に面した外壁で存在感を示しています。
角の塔を見上げ、規則的な窓の列と比べてみてください。
資料・参考文献 ↗5
日清汽船の事務所だったこの建物は、長江航運と東アジアの港を結ぶ商業を伝えます。
この絵では縦の柱、奥まった窓、1階のアーチに注目してください。
資料・参考文献 ↗6
中国初期の近代銀行である中国通商銀行の旧址は、外灘金融史への中国側の参加を示します。
尖った切妻と細長いアーチ窓が、周囲の古典的な建物と対照をなします。
資料・参考文献 ↗7
デンマークの大北電信会社が入居し、上海と海外を結ぶ通信の歴史を伝えます。
曲線的な屋根と対称な窓を、隣の赤レンガの建物と比べてください。
資料・参考文献 ↗9
中国近代の海運を担った招商局の赤レンガの低層建築が、銀行街に異なるスケールを与えています。
赤レンガと明るい回廊の対比、隣の福州路の入口に注目してください。
資料・参考文献 ↗12
1923年に香港上海銀行の建物として開業し、広い外壁と中央ドームが国際金融都市の志向を示します。
石の基壇から列柱、中央ドームへと視線を上げてみてください。
資料・参考文献 ↗13
1927年完成の江海関は上海の港湾貿易を伝え、時計塔は外灘を象徴する輪郭です。
時計盤、段状に細くなる塔、重厚な石壁に注目してください。
資料・参考文献 ↗14
外灘の歴史建築では後期の建物で、簡潔な縦の線が隣の古典建築と対照をなします。
直線的な窓列と、中央が少し高い屋根の輪郭を見てください。
資料・参考文献 ↗15
華露道勝銀行の旧址はロシア系金融との関係を伝え、後に中央銀行も使用しました。
三角破風、柱、横に広い姿を隣の高い建物と比べてください。
資料・参考文献 ↗16
日本統治下の台湾に本店を置く台湾銀行の上海支店で、当時の東アジア金融網を伝えます。
大きな隣棟の間にあるコンパクトな外壁と反復する窓に注目してください。
資料・参考文献 ↗17
英字紙ノース・チャイナ・デイリー・ニュースの本社だった建物で、外灘の新聞文化を伝えます。
縦の窓列の上にある、一対の小塔を見上げてください。
資料・参考文献 ↗18
現地で麦加利銀行と呼ばれたチャータード銀行の旧館で、国際銀行業の歴史を伝えます。
柱と軒の水平線に注目してください。絵の細部は実景の芸術的な解釈です。
資料・参考文献 ↗19
旧パレス・ホテルは後に和平飯店南楼となり、南京東路の向こうのホテルと異なる時代を伝えます。
赤い外壁に注目。緑の尖塔の建物との間が南京東路です。
資料・参考文献 ↗20
ヴィクター・サッスーンの建物にはキャセイ・ホテルが入り、後に和平飯店北楼となりました。
緑のピラミッド形の屋根と、その下の段状の塔に注目してください。
資料・参考文献 ↗23
中国銀行は国際的な金融街に自らの存在を示し、和平飯店と並ぶ輪郭を形づくりました。
中国的な軒の形を、隣の緑のピラミッド屋根と比べてください。
資料・参考文献 ↗24
横浜正金銀行の上海拠点で、日本の対外貿易網と外灘金融街のつながりを伝えます。
高い塔の隣で、幅広い列柱と重厚な基壇に注目してください。
資料・参考文献 ↗26
揚子保険の旧館は、銀行とともに海上貿易を支えた保険業を伝えます。
幅広い隣棟の間にある、密な窓列と屋根の輪郭を見てください。
資料・参考文献 ↗27
上海初期の重要な英国商社ジャーディン・マセソンの建物で、北京東路の角に立っています。
大きな列柱と、右側に開く北京東路の空間に注目してください。
資料・参考文献 ↗28
グレン・ラインの旧館は国際海運の歴史を伝え、北京東路を挟んで怡和洋行と向かい合います。
段状に高くなる中央の屋根と角の外壁に注目してください。
資料・参考文献 ↗29
フランス系の東方匯理銀行の旧館で、上海とフランスの海外金融網のつながりを伝えます。
水平の欄干と古典的な柱列に注目。北側は狭い隙間を挟んでペニンシュラホテルに隣接し、ここに円明園路へ通じる街路はありません。
資料・参考文献 ↗