WANDER SHANGHAI

外灘2号 · 中山東一路

上海クラブ

Shanghai Club

会員制クラブから、今も客を迎えるホテルへ

二代にわたるクラブハウス、長いバーカウンター、変わり続ける利用者。外灘2号から上海の社交生活が見えてきます。

古写真から歴史をたどる
2014年の上海クラブ正面。両端の小塔と中央の列柱が見える

2014年1月14日

道路から見た上海クラブ正面。中央の列柱と両端の小塔が、今も明瞭な左右対称の輪郭をつくります。

Livelikerw · 画像出典 · CC BY-SA 3.0

建物の概要

建て替え / 開業
1909 / 1911竣工を1910年とする資料もあるため区別して記載
設計
ムーアヘッド&ハルス現存する二代目クラブハウス
建築様式
古典復興とバロックの細部正面の列柱と両端の屋上小塔
当初の用途
上海クラブ会員制の社交、飲食、娯楽
現在の用途
ウォルドーフ・アストリア上海オン・ザ・バンド歴史的なクラブ棟はホテルの一部
所在地
中山東一路2号亜細亜ビルの北隣

建築と用途の資料[1]

建物のはじまり

なぜここに建てられたのか

当時の「総会」は総合的な社交場を指す言葉でした。上海の外国人居留者が設立した上海クラブの初代建物は1864年のもので、現在とは異なります。古写真の低い建物と外廊は、すでに取り壊された前身です。[1]

現存する建物は20世紀初めに建て替えられました。クラブの正面、食堂、娯楽室は社会的地位を表す空間でした。現在もホテルとして客を迎えますが、入り方も利用者も変わっています。[1] [2]

見上げて、近づいてみる

足を止めて見たい三つの細部

大広間の尺度を街へ伝える列柱

中央の列柱は階をまたいで上下の窓を結びます。まず左右対称の構成、次に柱の両側の窓列を見ると、壮大な正面と実際の部屋の大きさを読み分けられます。[1]

屋根を区切る両端の小塔

正面の両端には小さな塔状の屋上建築があり、中央は比較的穏やかです。南隣の亜細亜ビルの角と比べると、屋根の輪郭を締めくくる二つの方法が見えてきます。[1]

ロングバーは変わらぬ遺物ではない

現在のロングバーはホテルへの改装時に修復されました。2015年の写真は修復後の使用状態であり、1911年の室内写真ではありません。空間が機能を引き継ぐ様子を見る資料です。[2]

2015年の上海クラブのロングバー。木製カウンターとハイスツールが奥へ続く

2015年10月3日

ホテル修復後のロングバーの実写。2015年の使用状態であり、1911年当初の内観ではありません。

Hsen-SH · 画像出典 · CC BY-SA 4.0

一棟の建物、さまざまな役割

写真のあいだに広がる歴史

前身の建物から現存する建物へ。写真には撮影年代または出版年代を明記し、確かな画像がない時期は文章で歴史を伝えます。

  1. 1862–1864

    クラブ設立、初代建物の完成

    上海クラブは設立後、面会と飲食のための会館を建てました。旧館には現在の両端の小塔という輪郭はありませんでした。[1]

    1908年頃の初代上海クラブ。道路脇に馬車が停まる

    1908年頃・出典の記録

    現存建物の前身で、1864年完成の初代クラブ。黄色味は元画像に由来し、再着色はしていません。

    Sze Yuen Ming · 画像出典 · パブリックドメイン

  2. 1909–1911

    二代目が旧館に代わる

    旧館を取り壊して建て替えました。1910年竣工と1911年開業について資料の表現に違いがあり、ホテル公式では1911年を歴史の起点としています。[1] [2]

  3. 1927年刊行

    街並みで際立つクラブの正面

    刊行物は列柱、屋上小塔、前面道路を斜めから記録しています。初代との比較では、量感と屋根の輪郭の変化が特に目立ちます。

    1927年刊行の上海クラブの白黒図版。入口の前を人が歩く

    1927年刊行・撮影日不明

    Shanghai of Todayの図版2。二代目上海クラブを斜めから記録しています。

    撮影者不詳。A. S. Watson & Co.刊行 · 画像出典 · パブリックドメイン

  4. 1971

    東風飯店が開業

    戦後は複数の機関に使用された後、東風飯店となりました。会員制クラブとは名称もサービスの形も変わりました。[1]

  5. 1989

    歴史建築にファストフード店

    上海初のKFCがここで営業しました。大衆的な消費の場となったことも、外灘の用途変化を示す一場面です。[2]

  6. 2010

    修復を経たホテルが再び客を迎える

    ウォルドーフ・アストリアの歴史棟が営業を始め、修復されたロングバーも再開しました。2015年の室内写真はこの段階を記録しています。[2]

    2015年の上海クラブのロングバー。木製カウンターとハイスツールが奥へ続く

    2015年10月3日

    ホテル修復後のロングバーの実写。2015年の使用状態であり、1911年当初の内観ではありません。

    Hsen-SH · 画像出典 · CC BY-SA 4.0

  7. 現在

    ホテルとロングバーが営業を続ける

    ホテル公式サイトはクラブ棟内のロングバーを紹介しています。入館や飲食はホテルの案内に従い、外観は道路から鑑賞できます。[2]

現在と見学

街路から建物を読み解く

外観と内部の用途を分けて見ると、建物が続いてきた過程を理解しやすくなります。[2]

街路から観察
川側から中心軸、列柱、両端の小塔を見ます。
入館の手配
ホテル、レストラン、ロングバーはそれぞれの規則で利用します。飲食や宿泊は事前にお問い合わせください。
地図で所在地を見る ↗

資料確認:2026-10-19 · ホテルロビーやロングバーを無料の歴史展示室とは扱っていません。すべての内部空間への入場を約束するものでもありません。

上海と世界

まず二代を、次に二棟を比べる

旧館と新館の違いは、一つの住所に積み重なった時間を示します。亜細亜ビルとの並びは、同じ街角に社交と企業活動が共存したことを伝えます。[1]

資料と画像の出典

以下の資料をもとに再構成しました。Wikipediaを翻案・要約・翻訳した本文は、CC BY-SA 4.0 で提供します。元記事の執筆者は編集履歴をご覧ください。写真の利用条件は各画像の下に記載しています。

  1. ウィキペディア・上海クラブ ↗

    沿革の照合に使用。年代の相違は本文に明記しています。記事は当サイトが独自に執筆し、写真の作者とライセンスは別途表示しています。

  2. ヒルトン・上海ウォルドーフのロングバーの歴史と新メニュー ↗

    2025年2月11日のブランド公式記事。1911年の節目、1989年のファストフード店、2010年のホテル修復、現在のバー利用を確認。

画像処理と年代について

画像は各写真の下に記載したアーカイブまたは画像出典ページによります。サイズ調整とWebP圧縮のみを行い、元の縦横比を保っています。着色や描き足しはせず、古写真の粒子、ぼけ、スキャン跡も残しています。

前身の写真の「1908年頃」は出典の記録に基づきます。写っているのは1864年完成の初代です。

1927年は図版の刊行年。室内写真は修復後の2015年に撮影されました。