WANDER SHANGHAI

外灘3号 · 中山東一路

有利ビル

Union Building

保険会社の事務所からスリー・オン・ザ・バンドへ

川に面する狭い正面と広東路に延びる長い立面が、保険、銀行、現代の飲食という百年の利用を物語ります。

古写真から歴史をたどる
2025年の有利ビルの角。上部に小さな塔がある

2025年5月1日

広東路の交差点から見た有利ビルの角。小塔が川側と広東路沿いの長い立面をつないでいます。

Suicasmo · 画像出典 · CC0 1.0

建物の概要

竣工
1916年建築史記事に基づく。1918年とする資料もある
設計
パーマー&ターナー・ジョージ・ウィルソンPalmer & Turner / G. L. Wilson
建築様式
自由ルネサンス様式石の外装と鉄骨構造
当初の用途
保険会社と賃貸オフィス当初はユニオン・ビル。中国語では友寧・聯合とも
現在の用途
スリー・オン・ザ・バンド飲食および関連商業施設
所在地
中山東一路3号旧4号・広東路との交差点

建築と用途の資料[1]

建物のはじまり

なぜここに建てられたのか

Unionは保安保険会社の英語名に由来し、中国語では友寧や聯合と訳されました。その後、有利銀行が入り、銀行名でも知られるようになります。現在の「スリー・オン・ザ・バンド」は番地を商業名に変えたものです。[1]

パーマー&ターナーが上海で事業を始めた際、この計画をジョージ・ウィルソンが担当しました。古典的な外装の内側にある鉄骨は、事務所を柔軟に区切ることを可能にし、後の用途変更にも余地を残しました。[2] [1]

見上げて、近づいてみる

足を止めて見たい三つの細部

本当の長い立面は広東路にある

川側だけが建物のすべてではありません。広東路へ曲がると、細長い敷地に延びる窓列と、横道側に長い正面を置く構成が見えてきます。[1]

北東角の小塔が二方向を結ぶ

小塔が角の目印を高く掲げています。その下の入口、上の丸窓、頂部の輪郭が積み重なり、川沿いと広東路の双方から見つけやすくなっています。[1]

壁全体よりも入口に細部を見る

入口の周囲には柱、曲線の頂飾り、彫刻が見られます。細部写真の祝祭装飾は2013年当時の仮設的なしつらえで、当初の建築部材ではありません。[1]

有利ビル北東角の入口の近景。曲線のまぐさの周囲に彫刻がある

2013年12月29日

北東角の入口にある曲線の頂飾りと彫刻。扉の祝祭装飾は撮影時の一時的なしつらえです。

Legolas1024 · 画像出典 · CC BY-SA 3.0

一棟の建物、さまざまな役割

写真のあいだに広がる歴史

前身の建物から現存する建物へ。写真には撮影年代または出版年代を明記し、確かな画像がない時期は文章で歴史を伝えます。

  1. 1912

    保険会社が新しい事務所を計画

    保安保険がこの場所でのオフィス建設を計画し、パーマー&ターナーはこの仕事を足がかりに上海市場へ進出しました。[1] [2]

  2. 1916

    鉄骨のオフィスビルが完成

    建築史記事は当時の論評を引用し、竣工を1916年としています。一部の項目の情報欄には1918年も見られますが、異なる年を一つの正確な日付にまとめてはいません。[2] [1]

  3. 1922

    有利銀行が入居

    有利銀行が利用者となり、建物の名前も銀行と結び付きました。「有利」は当初の出資者の名前ではありません。[1]

  4. 20世紀後半

    各種機関の事務所として継続

    設計や地質などの組織が順次入居しました。用途が変わっても、角の小塔は外灘の景観に残りました。[1]

  5. 1994

    改装前を伝えるカラー記録

    1994年の写真は、スリー・オン・ザ・バンドになる以前の外観と道路の状態を残しています。実際に撮影されたカラー写真で、1920年代の資料ではありません。

    1994年撮影の有利ビルのカラー写真。前面には当時の外灘の道路

    1994年7月18日

    商業改装前の有利ビルのカラー写真。窓列、小塔、周辺道路を比較できますが、戦前の写真ではありません。

    Onedesign23 · 画像出典 · CC BY-SA 4.0

  6. 2001–2004

    修復と商業施設への改装

    改装後のスリー・オン・ザ・バンドは2004年に開業し、飲食などの機能が加わりました。建築史記事は改装の範囲をめぐる議論も記録しています。[2]

  7. 現在

    番地が都市の楽しみの場の名に

    運営者の公式サイトには現在も館内のレストラン、テラス、小塔の空間が掲載されています。利用は各事業者の案内に従います。[3]

現在と見学

街路から建物を読み解く

川側を見た後、広東路を少し歩くと、まったく違う建物の比率に気づきます。[3] [1]

番地を確認
現在の中山東一路3号と古い資料の4号は同じ建物です。
入口を見る
角の彫刻や広東路の長い立面を近くで観察できます。通常の出入りを妨げないようにしてください。
館内へ
飲食店や小塔の空間の予約条件は公式サイトでご確認ください。
地図で所在地を見る ↗

資料確認:2026-10-19 · 商業施設だからといって全館自由見学ではありません。テラスや小塔も常時開放を前提にできません。

上海と世界

HSBCと同じ設計事務所を読む

パーマー&ターナーは後にHSBCビルなど外灘の建物にも関わりました。有利ビルの小塔とHSBCのドームを比べると、同じ事務所が敷地や依頼に応じて構成を変える様子が分かります。[2]

資料と画像の出典

以下の資料をもとに再構成しました。Wikipediaを翻案・要約・翻訳した本文は、CC BY-SA 4.0 で提供します。元記事の執筆者は編集履歴をご覧ください。写真の利用条件は各画像の下に記載しています。

  1. ウィキペディア・有利ビル ↗

    沿革の照合に使用。年代の相違は本文に明記しています。記事は当サイトが独自に執筆し、写真の作者とライセンスは別途表示しています。

  2. 新民晩報・パーマー&ターナーの登場 ↗

    喬争月による建築史記事。1916年の新聞を引用し、竣工年、設計者、鉄骨、2004年の改装を照合。

  3. スリー・オン・ザ・バンド・公式サイト ↗

    2026年10月に運営ページを確認。館内レストランと小塔の空間を掲載。商業宣伝画像は転載していません。

画像処理と年代について

画像は各写真の下に記載したアーカイブまたは画像出典ページによります。サイズ調整とWebP圧縮のみを行い、元の縦横比を保っています。着色や描き足しはせず、古写真の粒子、ぼけ、スキャン跡も残しています。

商業改装前の時期は1994年の実写カラー写真で示しています。被写体とライセンスがともに明確な戦前の単体写真は、まだ収録していません。

写真は元の縦横比を保っています。入口の仮設的な装飾は当初の建築設計には含まれません。