外灘7号 · 中山東一路
大北電信ビル
Great Northern Telegraph Building
建物の概要
- 建設
- 1906–1907年最終完成を1908年とする資料もある
- 設計
- アトキンソン&ダラスAtkinson & Dallas
- 建築様式
- フランス後期ルネサンス様式左右対称の立面、バロック装飾、兜形屋根
- 当初の用途
- 電信会社の事務所と営業大北電信などの通信機関
- 現在の用途
- バンコック銀行中国本部・上海支店銀行公式サイトが外灘7号の使用階を記載
- 所在地
- 中山東一路7号北隣は招商局ビル
建築と用途の資料[1]
建物のはじまり
なぜここに建てられたのか
遠洋輸送に依存する都市では、情報が届く速さも重要でした。大北電信会社は上海で国際電信を営み、1882年に外灘7号の旧建物へ移転。事業の拡大に応じて後に建て替えました。[1] [2]
目の前の建物は、延安東路の電信ビルではありません。会社の移転後、外灘7号は銀行や海運管理などに使われました。同じ社名を見たときは、住所と年代も合わせて確認する必要があります。[1] [3]
見上げて、近づいてみる
足を止めて見たい三つの細部
一棟の建物、さまざまな役割
写真のあいだに広がる歴史
前身の建物から現存する建物へ。写真には撮影年代または出版年代を明記し、確かな画像がない時期は文章で歴史を伝えます。
- 1870年代
国際電信網が上海へ
大北電信は上海で事業を始め、香港や長崎方面などの回線を運営しました。黄浦江沿いも国際情報網の結節点となりました。[1]
- 1882
外灘7号の旧屋へ移転
会社はこの場所の既存建物を使い始めました。旧屋時代と後の新館を分け、1882年を現存建物の竣工年としないことが大切です。[2]
- 1906–1908
- 1908年刊行
- 1920年代以降
- 1990年代以降
金融業務が建物の利用をつなぐ
バンコック銀行が上海で事業を展開して本館を使用。公式拠点案内は中国本部と上海支店を7号の異なる階に記載しています。[4]
- 現在
今も働く場所
現在のバンコック銀行の看板を、百年前の電信図版と対比できます。外側を残しながら、内部は実際の業務を支え続けています。[4]
現在と見学
街路から建物を読み解く
まず屋外から立面全体を眺め、銀行内部へは業務上の規則や現地案内に従ってください。[4] [1]
- 屋根を見る
- 左右の兜形屋根と中央の蛇腹を探し、対称関係を比べます。
- 住所を区別
- 上海電信博物館は後年の別の電信ビルにあります。本ページは中山東一路7号の紹介です。
- 銀行への出入り
- 営業中の空間は歴史展示室ではありません。撮影と入場は現地の指示に従ってください。
資料確認:2026-10-19 · 公式住所は現在の用途を確かめるもので、すべての階への自由な観光入場を意味しません。
上海と世界
隣り合う番地で出会う通信と輸送
北側の招商局の海運事業には広域の連絡が必要で、南側の通商銀行は資金の流れを支えました。隣接する三棟は、近代外灘の貿易網を理解する短い散策路になります。[1] [3]
資料と画像の出典
以下の資料をもとに再構成しました。Wikipediaを翻案・要約・翻訳した本文は、CC BY-SA 4.0 で提供します。元記事の執筆者は編集履歴をご覧ください。写真の利用条件は各画像の下に記載しています。
- ウィキペディア・大北電信ビル ↗
沿革の照合に使用。年代の相違は本文に明記しています。記事は当サイトが独自に執筆し、写真の作者とライセンスは別途表示しています。
- 上海都市建設公文書館・中国通商銀行と大北電信会社のビル ↗
上海都市建設公文書館による2023年の記事。建築年代、設計者、構造、外観の照合に使用。
- 上海市民政局・外灘の22棟の国際建築 ↗
歴史建築の概説。一部の年代は機関の記録と異なるため、本文で分けて説明しています。過去の用途を現在の用途とはみなしません。
- バンコック銀行中国・拠点一覧 ↗
公式住所では中国本部が7号の2階B/C区画および3・4階、上海支店が1階および2階A区画に所在。
画像処理と年代について
画像は各写真の下に記載したアーカイブまたは画像出典ページによります。サイズ調整とWebP圧縮のみを行い、元の縦横比を保っています。着色や描き足しはせず、古写真の粒子、ぼけ、スキャン跡も残しています。
1908年は図版が収録された書籍の刊行年です。アップロード日を撮影年とは扱いません。
現存する本館と延安東路の電信ビルは別の建物です。

