外灘9号 · 中山東一路
招商局ビル
China Merchants Building
建物の概要
- 竣工
- 1901年川側の新館。後方の旧建物には別の沿革がある
- 設計
- モリソン商会黄浦区公文書館の資料による
- 建築様式
- ルネサンス様式赤煉瓦、石の基壇、各階の外廊
- 当初の用途
- 招商局の本部事務所中国近代の海運企業
- 現在の用途
- 招商局の企業文化展示など1階に「招商局・百年の航程」展示室
- 所在地
- 中山東一路9号大北電信ビルの北側
建築と用途の資料[1]
建物のはじまり
なぜここに建てられたのか
招商局の創設はこの小さな建物より早く、1870年代に旗昌輪船の船舶、埠頭、一部の不動産を買い取って外灘へ進出しました。1901年の川側新館完成は、その後の発展段階です。[2] [1]
目の前の赤煉瓦三階建ては、敷地全体の一部です。後方の旧建物とは通路で結ばれていました。資料の「旗昌洋行旧址」と「招商局ビル」は、異なる年代や部分を指す場合があります。[1]
見上げて、近づいてみる
足を止めて見たい三つの細部
一棟の建物、さまざまな役割
写真のあいだに広がる歴史
前身の建物から現存する建物へ。写真には撮影年代または出版年代を明記し、確かな画像がない時期は文章で歴史を伝えます。
- 1872–1873
招商局の設立と営業開始
清朝の設立許可を受け、招商局は上海で営業を始めました。最初の事務所は目の前の1901年の建物ではありません。[3]
- 1877
- 1901
- 1937年以降
戦争が事務所と資産管理を変える
戦時下、招商局は事業を移転し、委託などの方法で一部資産を保全しました。この時期、建物と企業の歩みが分かれました。[1]
- 1950年代以降
港湾・海運管理機関が使用
港務監督や海上安全などの機関が入り、外廊の閉鎖、階の分割、屋根の改造が行われました。[2]
- 2001–2004
- 近年
1階で百年の航程を紹介
中国航海学会は2024年、1階の「招商局・百年の航程」展示室を紹介しました。旧事務所は企業の歴史を知る場所にもなっています。[4]
現在と見学
街路から建物を読み解く
歩みを緩め、入口の銘、外廊、材料の変化から読み始めたい建物です。[4] [2]
- 材料を見る
- 出入口を塞がない位置から、石の基壇と赤煉瓦の境界を見ます。
- 前後を区別
- 1901年の川側新館と後方の旗昌旧建物は、関連しながらも異なる部分です。
- 展示室を訪ねる
- 1階に企業史展示室があるとの公開紹介があります。開館日、予約、臨時の案内は管理者へ確認してください。
資料確認:2026-10-19 · 2024年の展示室紹介は毎日の公開を保証しません。深圳の招商局歴史博物館と、この外灘の展示室を混同しないでください。
上海と世界
海運の物語をたどって外灘5号へ
日清ビルも戦後、招商局に接収されました。9号は招商局自身の初期事務所、5号は終戦後に別の海運資産が変化した過程を語ります。[2] [1]
資料と画像の出典
以下の資料をもとに再構成しました。Wikipediaを翻案・要約・翻訳した本文は、CC BY-SA 4.0 で提供します。元記事の執筆者は編集履歴をご覧ください。写真の利用条件は各画像の下に記載しています。
- ウィキペディア・招商局ビル ↗
沿革の照合に使用。年代の相違は本文に明記しています。記事は当サイトが独自に執筆し、写真の作者とライセンスは別途表示しています。
- 黄浦区公文書館・記録ギャラリー:招商局ビル ↗
2015年の特集。1901年、モリソン商会、建築材料、後の改造を照合。
- 招商局歴史博物館・歴史年表 ↗
招商局公式の歴史資料。1872年の設立許可と1873年の営業開始を区別。
- 中国航海学会・外灘9号「招商局・百年の航程」展示室 ↗
2024年2月1日の展示室紹介。1階の企業史展示用途を確認。公開日程は別途確認が必要です。
画像処理と年代について
画像は各写真の下に記載したアーカイブまたは画像出典ページによります。サイズ調整とWebP圧縮のみを行い、元の縦横比を保っています。着色や描き足しはせず、古写真の粒子、ぼけ、スキャン跡も残しています。
古写真の出典ファイルは1901年と記し、撮影者は不詳です。画像を提供した企業の記録部門を、確定した撮影者とはみなしません。
船舶や埠頭だけが写り、本館を識別できない図版を建物外観の代用にはしていません。

