外灘5号 · 中山東一路
日清ビル
Nisshin Building
建物の概要
- 着工 / 竣工
- 1921 / 1925黄浦区公文書館の記録による
- 設計
- レスター、ジョンソン&モリスLester, Johnson & Morris
- 建築様式
- 日本近代の洋風建築古典的構成と簡潔な窓列
- 当初の用途
- 日清汽船と賃貸スペース下層と上層を異なる出資者が使用
- 現在の用途
- 外灘五号の商業施設飲食など。具体的な店舗は運営者に確認
- 所在地
- 中山東一路5号広東路20号側に入口
建築と用途の資料[1]
建物のはじまり
なぜここに建てられたのか
日清汽船は海運会社でした。20世紀初めに外灘5号の土地を取得し、後に他の出資者と協力して建て替えました。まず長江と海上輸送に関わる歴史があり、現在のレストラン名から当初の用途を推測することはできません。[2]
黄浦区公文書館によると、新館の下3階と地下室は日本側が使い、上3階は別の出資者に属していました。こうした垂直方向の配分は、外灘の一棟に複数の機関や利害が同居し得たことを示します。[2]
見上げて、近づいてみる
足を止めて見たい三つの細部
一棟の建物、さまざまな役割
写真のあいだに広がる歴史
前身の建物から現存する建物へ。写真には撮影年代または出版年代を明記し、確かな画像がない時期は文章で歴史を伝えます。
- 1907
日清汽船が設立
長江で活動する複数の日本の海運事業が合併して日清汽船株式会社となり、上海で事業を展開しました。[2]
- 1921–1925
低層の旧屋から新館へ
既存の低層建物を取り壊し、レスター、ジョンソン&モリス設計の六階建てが完成。海運会社と他の利用者を同時に収容しました。[2]
- 1945
招商局が接収
戦後、日本資本の資産が接収され、一時は招商局事務所ビルとも呼ばれました。外灘9号の招商局旧館とは別の住所です。[2]
- 1950年代以降
海運機関が長く使用
海運局などが入り、「海運ビル」の名でも知られました。後の改装では外壁の細部も変わりました。[2]
- 1990年代
入口や階の構成が変わる
記録には、西側に無線局用の一層が増築されたこと、1996年に華夏銀行が1階へ入居し南側に入口を新設したことが記されています。[2]
- 2007
改装後の実写記録
2007年の写真はこの段階の立面と路上の看板を示します。竣工から80年以上後の撮影であり、その後の用途変化を伝える資料です。
2007年6月10日
2007年の日清ビル夜景。華夏銀行の文字が残っています。過去の入居者の時期を示すもので、現入居者の証拠ではありません。
KimonBerlin · 画像出典 · CC BY-SA 2.0
- 現在
海運事務所から商業空間へ
外灘五号は現在、飲食などに使われています。近年の飲食店案内も広東路20号を記載していますが、古い資料の銀行やエム・オン・ザ・バンドを現入居者とはみなせません。[3]
現在と見学
街路から建物を読み解く
広東路の角から見ると建物を識別しやすく、向かいの有利ビルとの比較にも便利です。[3] [2]
- 軒蛇腹を見る
- 5階と6階の間に目を向け、水平に張り出す部分の影を探します。
- 入口を確認
- 「外灘五号」は建物名で、館内へは広東路20号側から入ることが多くなっています。
- 訪問方法
- 外観は道路から観察できます。館内の飲食店は階数と当日の案内を確認してください。
資料確認:2026-10-19 · 全階の入居者や一般開放の状況は確認していません。閉店した店の予約情報は引き継いでいません。
上海と世界
二つの「招商局」を一棟と思わない
戦後、日清ビルは招商局に使用されました。一方、北側の外灘9号は1901年完成の招商局の事務所です。同じ企業でも住所は異なることが、外灘史を読む際の難しさです。[2]
資料と画像の出典
以下の資料をもとに再構成しました。Wikipediaを翻案・要約・翻訳した本文は、CC BY-SA 4.0 で提供します。元記事の執筆者は編集履歴をご覧ください。写真の利用条件は各画像の下に記載しています。
- ウィキペディア・日清ビル(上海) ↗
沿革の照合に使用。年代の相違は本文に明記しています。記事は当サイトが独自に執筆し、写真の作者とライセンスは別途表示しています。
- 黄浦区公文書館・記録ギャラリー:日清ビル ↗
2015年の記録記事。1921–1925年の建設、設計事務所、階の配分、歴代用途を照合。
- NOMFLUENCE・Ruth’s Chris Steakhouse ↗
近年の飲食店案内は外灘五号・広東路20号4階を掲載。飲食用途の確認のみで、営業時間を保証しません。
画像処理と年代について
画像は各写真の下に記載したアーカイブまたは画像出典ページによります。サイズ調整とWebP圧縮のみを行い、元の縦横比を保っています。着色や描き足しはせず、古写真の粒子、ぼけ、スキャン跡も残しています。
2007年と2025年の実写写真を比較しています。ライセンスが明確で本館を識別できる戦前の単体写真は、まだ収録していません。
別の場所の外灘古写真を本館の代用にはしていません。档案館の記事に載る古写真は資料リンクから閲覧できます。
